第5回 目的と方法
https://gyazo.com/e7c368184558fdcca1f3777a6563ebb8
1. 学習・言語心理学の目的について
学習・言語心理学は2つの領域を扱う
人の行動が変化する過程
言語の習得における機序
これらの領域を扱う目的は何か
観察という方法は、科学の方法として認められていることが必要であり、そのための条件がある
観察が理論から独立していない可能性が指摘されている ここでは深入りしないで、理論とはある程度独立に観察を想定することができるとみなしておく
科学者は単に記述することだけにはとどまらず、その記述対象を説明しようとする 何らかの理論やモデルを想定して、その説明を試みようとする 科学者が記述した状況とは別に独立した状況において、どのようなことが観察されるかを予測(predict)して、本当に仮説が役に立つか否かをテストしようとする 制御(control)とは、研究者がその研究対象の性質をより望ましい性質に変えようとすること 理論や仮説に基づいた予測を、さらに勧めて、研究対象の性質を変えようということ
科学者の中でも実践的なテーマに携わる研究者が持つ目的といえる
学習・言語心理学の対象についても研究目的である記述、予測、制御について検討
「人の行動が変化する過程」
記述
どのような行動が、どの程度変化するのか
変化する前から変化する過程、変化した結果まで、何がどのように変化したのか
予測
このようにして記述することができたとして、そのように記述することができたのは何故であるのか?
構造と機能という観点から、変化する原因と結果とを特定したり、それを説明する構造を想定したりということを行い、何らかの理論を構築し、仮説を生成する
実験や調査という記述とは別の話を設定して、そのような場ではどのような結果が得られるのかを予測して、その仮説が本当に成り立つか否かを確かめてみる、つまり仮説検証を行う
制御
何か問題となる行動を直してあげたり、より高い遂行結果が得られるような行動にしてあげたり、
ということを実験や調査によって仮説検証したり、
何らかの実践をして確認しようとしたりする
「言語の習得における機序」
記述
言語のどのような側面が、拙い状態から賢い状態へ変化して「習得した」とみなすことができるのか
そこにどのようなメカニズムが働いていると言えるのか
予測
どうして記述したように言語を習得することができたのか、
その原因や機序はどのようであるのか、
何らかの理論を構築して、仮説検証しようとする
制御
言語習得に問題がある研究参加者に対しては、何らかの処方を施して、通常の言語習得の状態にする
実験という手法を採用する場合であれば、研究者ないし実験者が設定する独立変数が原因となって、研究参加者から得られるデータである従属変数という結果が得られる、ということ
しかし仮説には、相関関係についての仮説であったり、独立関係についての仮説であることもある 研究者はその仮説が因果関係か相関関係か独立関係であるのかを区別しておくことが必要
実験においては、研究参加者の経験も含まれる
「データを取る」という言い方は、このように実験や調査をして、研究参加者からデータを収集するということであり、そのようなデータに基づいた研究は「経験的研究」と言われる
経験的研究はデータによって証明するということで「実証的研究」と言われることもある このような実験や調査に基づかないもの
先行研究(という経験的研究)をレビューして理論やモデルを構築したり仮説生成するというのは、理論的研究とみなすことができる このモデル構築をICTによって実現しているシミュレーションという方法も理論的研究に含まれる 2. 学習・言語心理学の方法
一般的に科学という営みは、その目的を定めた後に、その研究の方法(method)を決めていく 「記述(description)とは、観察(observation)という方法を用いて、研究対象の性質を述べ立てること」
観察とは科学の方法の基礎・基本
観察とは、研究対象を科学者がしっかりと見ること
信頼性と妥当性とが保証された「方法」を採用しようとしているということ 観察の仕方に制約を加えていくと、実験法、調査法や面接法、検査法、介入検査法と言われる手法になると捉えることができる
心理学研究法において観察法という手法が独立に扱われていると混乱を招くもとになるであろう
学習・言語心理学における方法についても、「観察」が基本的な方法であることは同じ
その際に、人間である科学者が自らの身体のみで「観察」を行っても良いが
観察のための機器を利用したほうが良い
研究対象の行動や言語の変化を記録することができる
「調査法」と「面接法」
言語を利用した「観察」
話し言葉を使えば「面接法」
書き言葉を使えば「調査法」
質問紙調査という形態を取っていても仮説検証型の実験を行うことは十分に可能
「実験法」
一般的には仮説検証を行うために採用される
JVLVBが扱う主な対象は「人間の学習についての実験室研究」 この実験法とは「学習・言語心理学」の下位領域の研究と、最も相性が良いと言える
実験は仮説検証を目的としない場合もある
実験条件下で研究対象の行動を「記述」する
その記述された結果に基づいて、新たに理論構築をしたり、仮説生成をしたり、場合によっては、既存の理論への反証をしたり、ということを目的とする
研究者が設定した独立変数とは別に、たとえば、研究参加者が実験中の自発的な行動の有無によって結果を分けて分析を行う、処方を変える、という方法
仮説検証という目的からは外れてしまう可能性が高くなると言える
科学における方法とは極めて具体的なものであり、その具体的にする手続き
心理学における操作化ということでは、操作的定義を考えると理解しやすい 実際に「知能検査」を行う際にはさらに具体的な手続きをきめていく(操作化)
「人間の学習についての実験室研究」
そのような実験室研究においては、たとえば、研究参加者に提示する実験課題、実験で使用される言語材料、実験で利用される実験装置や器具、実験者、実験の手続きや教示などを具体的に決める必要があるばかりか、研究協力者の属性や人数、協力依頼の手続きなども具体的に決める必要がある
研究で得られた結果(データ)の分析方法についても事前に決めておく必要がある
どのようなデータを取るのか
それをどのように分析するか
e.g. 知能検査
検査の内容によっては、研究協力者についての、その正誤ばかりでなく、回答に至るまでの時間や過程なども評価する必要がある
操作化を行わないと研究を実行できないし、追試することもできない
知能検査は検査法の代表的なものの1つ
検査法の対象は、心理学のあらゆる対象が相当している
神経心理学においては脳機能の障害を「検査法」によって診断する
「介入研究法」
心理療法や心理学的支援で採用されている方法
シングルケースデザインについても、その研究協力者や被検体の行動を制御することを目的としているという意味で、介入研究法であるとみなすことができる 人間を対象とした研究においては、その研究協力を依頼する段階から言葉を使って協力依頼をして、研究協力に関わる約束事を文書にするというように、広い意味での「教示」を行っている
研究自体も「学習・言語心理学」の研究対象と捉えることもできる
3. 課題分析について
本章の残りの節では「学習・言語心理学」にユニークな研究方法を取り上げる
研究参加者に課す課題をその構造と機能との観点から事前に分析しておくこと
「研究参加者に課す課題」とは、研究領域によって異なる捉え方がありえるが、広義には同じこと
行動随伴性に関わることすべてを事前に分析しておいて、
本当に想定した行動随伴性が現れるのか否かを、シングルケースデザインの実験で確認するということ
「学習・言語心理学」の研究目的で、「行動が変化した結果」や「賢い状態」を記述すると書いた
それぞれの研究において、その行動や状態をどのように想定しているか、ということが課題分析に関連してくる
研究が依拠する理論があるのであれば、その理論から導かれる結果としての理論的な行動や状態というのが「行動が変化した結果」や「賢い状態」に相当する
たとえば、研究参加者の年齢によって認知発達の理論から、研究で課す課題については、全員が正答という行動行動なり状態を示すだろう、ということ
あるいは、研究参加者に課す課題が論理学や数学などに基づいたものである場合、たとえば、算数の文章題という課題を解決するという場合であれば、その文章題を数学に基づいて解決して正解(と正解に至る過程)を示しておく、ということ
こうして、実際に、実験なり調査なりを行って、研究参加者の実際の課題解決の過程や結果と、事前に行った課題分析の結果とを比較するということを通して、研究参加者の課題解決の過程を推測して、課題解決の結果を解釈する、というように研究を進めていくことになる
4. 言語材料の基準表について
上で分析した課題分析は、研究参加者に課す課題を理論的あるいは論理的に分析したものだが、経験的に分析することも行われてきている
人間の記憶研究の創始者の一人
その後の研究者たちは、それぞれの研究目的のために別の言語材料を刺激として用いてきたが、その際に、言語材料の基準化を行ってきた 「経験的に分析する」
言語材料の基準化を行う際に、実際に(本来の研究参加者とは別の)研究参加者に対して基準表作成のための調査を行ったということ
そうして研究者たちは、当初目的の実験の際の言語材料としては、自ら作成した一覧表から一定基準の材料を選択するばかりでなく、他の研究者が作成した基準表から材料を選択することもできるようになってきた
基準表の対象も、無意味綴りばかりでなく、文字、語彙(単語)、一般的知識など言語材料にとどまらず、絵・動画や音・音楽などの材料の基準化も行われている
科学の成果の「流通」も行われている
基準表を研究論文という形で公表する
5. 言語コーパスについて
文章のデータベースと呼べるようなもの
語彙や統語構造など言語学的な情報も付与されたものもある
「学習・言語心理学」の研究対象には、自然の会話や自発的に書かれた文章も含まれる
通常は、上記の「観察」という方法によって、自然の会話であれば録音や録画などを行い、書き起こしという作業を経て、文字やテキストに変換してから、分析を行うことになる
その際に、自然の会話と書き起こしされた文字やテキストとの同一性についての議論もある
自然の会話の「雰囲気」は書き起こしができない
録音・録画とはその自然の会話という現場から切り取られたものに過ぎない
しかし、書き起こしされた文字やテキストはデジタル情報としても変換しやすく、情報学のいち分野である自然言語処理の研究とも相性が良いこともある データを公開して他の研究者の利用に供するということも行われてきている
近年のICTの進展に伴い、文字情報がログデータとして蓄積されている
大規模なデータベース、つまり言語コーパスとして利用されるようになってきている
「雰囲気」も各種の画像処理技術を利用して、動画や静止画などの分析手法も研究されており、研究者が「雰囲気」と主観的に解釈している内容自体も、いわば客観的に分析することができる可能性も高まってきている
研究者が自ら収集した素データを必要に応じて公開する必要性も高まってきている
素データも服得て、人類の共通の財産とみなそうという意識も、多くの研究者に共有されるようになってきており、その財産を利用して新たな研究を行うことができる環境も整いつつある
言語コーパスとは、観察法の1つである産物記録法とみなすこともできる 会話
投稿
ライフログと言われる各種のセンサー技術によって、一般人の行動も自発的に産物になる 6. 科学の細分化と科学の進歩と
研究の目的と方法の観点から筆者の私見
科学への批判として
科学の方法とは極めて具体的なものであり、分析という作業をするためには、科学は細分化していくことが必然ということもできる
一方で、そのような細分化された科学の知見を総合して、理論構築や仮説生成という作業も進められている
分析と総合という作業の繰り返しによって科学が進歩していくと捉えるのが妥当
科学の目的としてあげた、記述、予測、制御の精度が上がっていく
科学の方法の基準としてあげた、信頼性と妥当性の程度も上がっていく
科学技術自体がICTに支えられているということもあり、科学技術の成果などの諸情報は、一般にも公開され流通されている